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(マンガセンター設立記念プレート)
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(マンガセンター設立記念プレート)
マンガセンター建設の発端となったのは、1987年、アンジェイ・ワイダが受賞した稲盛財団京都賞の賞金である。同じ年、建設に向けて、タデウシュ・ フルシチツキを会長とした京都クラクフ基金が設立された。
基金設立にあたり、クリスティーナ・ザフファトビッチ、クラクフ県知事タデウシュ・ ピェカシュ、クラクフ市長ユゼフ・ ラソッタらが協力した。設計は磯崎新が行い、その助手をクシシュトフ・インガルデン( アトリエJET設計事務所)が務めた。建設の目的は、ゾフィア・ アルベルが保管していたクラクフ国立博物館所蔵のフェリックス ・マンガ・ヤシェンスキ のコレクションの展示であった。
一方、高野悦子を代表とする岩波ホールに、京都クラクフ基金の日本支部が設立され、建設資金を集めるための拠点となった。京都クラクフ基金日本支部の会長を務めたのは八尋俊那であり、秋山ちえ子、大竹洋子らが資金集めのために奔走した。マンガセンターは、松崎明委員長率いるJR東労組の資金援助と同組合の四茂野修の尽力、またポーランドと映画を愛する138000人の日本の人々から集められた募金をもとに、山下新太郎、兵藤長雄両在ポーランド日本大使に代表された、日本政府の協力を得て建設されたものである。マンガセンターは1999年 5月 28日に 建設工事が始まり、1994年 11月30日 オープニングの日を迎えた。
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