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建築
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センター外観
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折 々に、様々な趣を見せるいにしえの建物が所狭しと軒を連ねる旧市街。その旧市街を見下ろすバベル城はポーランド民族の誇りの象徴であり、その姿はいかにも 堂々としている。クラクフ。それは何世紀にも渡る歴史の重みが築き上げた街である。バベル城のたもとをヴィスワ川がゆるやかに孤を描きながら流れ、城の ちょうど対岸に日本美術技術センターが位置する。センター建設の場所として、これ以上格好なロケーションがあっただろうか。
しかし建築家磯崎新は、その優れた条件ゆえに難問に立ち向かわなくてはならなかった。対岸のバベル城にしっくりとなじむ外観で、かつ日本の美術品を展示するのに相応しい内装という、この相反する二つを調和させなくてはならなかったからである。
葛 飾北斎の富岳三十六景のなかに、海の大波に翻弄される船を描いた作品がある。磯崎新はその波をセンター外観のモチーフとし、そこに日本的な要素を表現しよ うとした。大波のうねり、これが無機質な建築物に大自然の生命を吹き込む。センターの屋根が構成する二つの波は、高低互い違いに波打つ。この自由奔放な波 の動きは、センター正面入り口の柱の縦軸であたかも束ねられているような印象を与える。しかし同時に、この縦軸は訪れる者を建物の内部へと導いているよう であもある。入り口からまっすぐ進んで突き当たる奥は一面がガラス張りになっており、ビスワ川の向こう左手にはバベル城、右手には美しい聖スタニスワフ教 会が映し出される。このガラス張りの大窓は、石造りの重厚な建物正面とは対照的であり、あたかも大きな一枚の絵の如く、対岸の風景を描き出している。その 風景は、クラクフの歴史の深さを訪れる者に感じさせ、彼らの足を止め、街の喧騒から芸術の世界へと誘っているのである。
設 計に当たっての磯崎氏の目的は、二国の文化を内装において統合させることであった。入り口を入ってすぐ、幾重にも重なった鳥居を思わせる内部の構造が、 ホールに参道のような細長い空間を生み出している。そこでは全く日本的でない素材が用いられているにも拘らず、不思議に日本的な雰囲気を醸し出している。 その鳥居を思わせる柱の連なりは神社の鳥居と同様、次第に狭まっていくような印象を我々に与えながら展示会場へと続いている。このマンガセンターの「鳥 居」は伝統的日本建築には縁遠い素材であるレンガでできている。果たしてこの煉瓦という素材は日本の美術品を展示する場所に相応しいものといえるだろう か。敢えてこの素材を用いた理由は、このセンターのロケーションそのものがもつ意味合いを展示場内に取り込むためであった。すなわち、センターの入口奥の ホールから見えるバベル城の素材レンガと同じ素材を使用したこのセンターに、ヤシェンスキのコレクションが展示されていることを訪れる者に気づかせ、ま た、マンガセンターがバベル城とその周辺の建物が形成する文化の一旦を担うものである事を示唆しているのである。また黒い柱、木の梁で仕切られたダークグ レーの天井、暗いトーンの床などは、空間に神秘的な空気を生み出し、江戸時代の城の内部の薄暗い雰囲気を髣髴とさせる。展示会場は、武具を飾るのに相応し い勇ましさと威厳を湛えた雰囲気をもっていると同時に、優美な浮世絵が内装に圧倒されてしまわぬように繊細で控えめなものとなっている。
マンガセンターは、1993年5月28日に地鎮祭が行われ、その15ヵ月後1994年11月30日に開館式を行った。
建築家
クシシュトフ・ インガルデン
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